横綱稀勢の里引退元大関照ノ富士は・・?

今回は赤帽以外の投稿です。1月16日横綱稀勢の里の引退はマスコミで大きく取り上げられているが一方の元大関照ノ富士はどうなっているのか?稀勢の里は横綱日馬富士との一番で負傷し一方の照ノ富士は以前から痛めていた確か太股だったと思うが奇跡的に状態が良かったのか私の記憶が間違っていなかったら本割、優勝決定戦と二番連続で稀勢の里と相撲を取ったと思う満身創痍の二人が二番連続相撲取る手負いの二人もうどちらが優勝しても余り意味がない。優勝は協会預かりにしたらと思った程である。過去にはあった事もある様な事を聞いているが、定かではない。照ノ富士は怪我前は横綱にすぐにでもなりそうな逸材で恐らく今頃は怪我さえなかったら白鵬の最大のライバルになっていたと思う。あの相撲で横綱稀勢の里は引退かたや元大関照ノ富士はと検索してみると序の口三段めの88枚めで初場所は休場中相撲生命の危機である。モンゴル力士ゆえに話題にもされないとは思いたくないが、あの連続二番の相撲でこの二人の払った代償は余りにも大きかったと思います。

 

Oh My God

12月26日組合本部の依頼で三重県津市へ朝着けチャーターで行く事になった。その約40分ぐらい後自分の得意先から大阪府摂津市へ同じく朝着けチャーター Oh My God 津市への荷物は既に積んで走り始めた矢先まさかキャンセルというわけにも行かず、他の赤帽を色々当たるも組合員が少なくなり普段の日さえ人が見つけにくいのに年末予想通り当たった赤帽さんは全てアウト・・・遂にギブアップ後で反省すればもう少し当たれば良かったのか?もうだめだという先入観が強すぎたか結局時間がかかり過ぎギブアップしたら他の赤帽を何とか見つけられたからの事・・・・・距離にしたら140~150km違えど組合本部の手数料とガソリン代を考慮したら実入りはほぼトントン・・・・これが縁の切れ目にならねばいいのだが

カーナビは時々理解不能な事をする

久々の投稿です。12月3日に大阪府狭山市に大急ぎの配送で行った。時間が無かったのと集荷に行ったのが配達の帰り道だったので、大体の場所を地図で調べずに100%ナビ任せで走った。普通ナビは大阪市の場合明石海峡大橋経由を指示するのだが、今回は何故か瀬戸大橋経由ムムム近畿自動車道の外側だからか?それな余り距離の差は出まいと思いながらナビの指示に任せて到着帰りは当然同じ瀬戸大橋経由と思いきや何と阪神高速&明石海峡大橋経由何だこれはと思いながら、スマホのGoogleマップで調べると50km位の差ならば行きも帰りも明石海峡大橋経由にすれば良いものをと一人で自問自答しながら未だ原因が分からず、本当こういうのは困るのよね今は簡単にスマホ等で大体の距離がわかる時代、意図的に料金を吊り上げる為距離を伸ばしていると荷主様に誤解を与えかねないから・・・・・・・・・・・・ボロナビめー

 

 

高速道路トンネ内でパンクぞー(>_<)

10月25日徳島道阿波池田のトンネルを走行中異常な音がし出し段々酷くなっていくのでこれはどうした事か、まずい事になったぞ片道一車線のトンエルの中で車を止めるのは自殺行為こうなれば走れるだけ走り何とかトンエルを脱出せねばと、はっきりは覚えていませんが1km~2km異常な音を出しながら何とか脱出幸いトンネルを出たら軽トラを寄せるには十分なスペースの場所が有りほっとしました。後輪が多分パンクし空気が段々と抜けていたのが原因と思います。タイヤはボロボロになり原型をとどめていません。ホイルだけで走った様な状態です。JAFに来てもらったり荷主様に謝りの電話を入れたり、おまけにあれやこれやで午後8時を過ぎ脇町IC~鳴門ICまで工事の為通行止め散々なめにあいましたが、何とか遅れましたが無事荷物は届けました。
立てかけているのがその時のタイヤです。

天皇皇后両陛下西日本豪雨被災者を見舞いに愛媛県西予市

久しぶりの投稿です。9月21日天皇皇后両陛下が西日本豪雨被災者を見舞う為愛媛県西予市野村町の乙亥会館(愛媛県では乙亥相撲の聖地として知られています。)に来られました。天候不良の為1日延期になり私の出番になった訳ですが、NHK松山支局から撮影機材を積み乙亥会館に向かいました。駐車場でNHkの方が撮影機材を持って帰られるのを待っていますと午後2時過ぎと思いますが、突如重厚な感じのヘリコプターが爆音を轟かせながら低空で私が待っている駐車場の上を北東の方向に飛んで行きました、上空でホバリングで待機していたヘリコプターと、どこからでもなく現れたもう一機のヘリコプターも後を追うように飛んで行きました。多分そのヘリで次の訪問地広島県呉市に向かわれたのだと思います。結局両陛下は見る事は出来ませんでしたが、両陛下の乗られたヘリは見る事が出来たのではないかと思います。

豪雨災害の広島に中国道経由で行く

7月10日深夜東広島市に飲料を配送山陽自動車道が通行止めの為中国道経由で行くという前代未聞の方法で行ってくれとの事深夜PAエリアやSAエリアから大量にトラックがはみ出しい異様な光景こんな中国道初めてそれでも広島市までは順調に進みそこから先は通行止めの為一般道へ深夜の為未だ余り車は走っておらず2号線も順調に走行と思いきや瀬野川の手前あたりで通行止め警備員に東広島市への迂回路聞いてもさっぱりわからないとの返事これは弱った思いながら仕方なく右折しかかると運よく偶然おられたのか道の知らない人の為にそこでボランティアをされていたのかわかりませんが、そのボランティアおじさん?に教えてもらい海田まで引き返し一部開通の東広島バイパスを進む一車線になったあたりから大渋滞、さっぱり前に進まずいくら渋滞は予想の範囲とはいえやはり、これは辛いそれでも何とか指定時間より30分前に付き、してやったり!さすが○○○○運送な~んて独りごとを言えたのもそこまで結局荷物を降ろすまで3時間待ち帰りは運よく通行止めが河内ICまでになり、2号線をそこまで行くまでに一部通行止めがあるも何とか河内ICにたどり着きやれやれ、しかしこんなに車の走っていない山陽自動車道を見るのは何年か前一度あったような気もするけど極めて珍しいこと

風の強い日幌車で橋を渡るのは怖い

7月3日神戸・淡路・鳴門道から大阪市に行きました。台風7号の影響で行きも帰りも鳴門大橋は二輪車通行止めでした。行きはともかく帰りは明石海峡大橋風速11メートルよこ揺れは激しかったのですが、これは何とかしのぎ途中のPAエリアで荷台に散乱している毛布やブルーシートを整理したかったのですが行きに比べ一段と凄みをました風の為もたもたしていたら鳴門大橋が全車両通行止めなる可能性があり、そうなったら淡路島に閉じ込められる、これはかなわんと思い最後の難関鳴門大橋に挑みました。幸い未だ二輪車通行止め状態でしたので渡ったのですが余りの風の強さに慌てて4輪駆動にシフト50km~60kmに速度を落としましたが、車体が激しく左右に揺れハンドルを持つ手にも思わず力が入っています。(>_<)鳴門大橋だから何とかなりましたがこれが瀬戸大橋だったら生きた心地がしなかったと思います。何とか四国に渡りやれやれです!(^^)!それにしても軽四の幌コン車は風に弱い

地震後の大阪市に行く

6月21日地震後初めて大阪市に行きました。震源地の中心から少し離れた大阪市の西の端だった為か車窓から見る限り細かい事はわかりませんが特に変わった様子は有りませんでした。大阪市に行くと若き日5年弱過ごした事が思い出されて嬉しくなります。

忘れ物を届けて頂いて感謝

今日5月に徳島県吉野川市に引っ越された方から忘れていたゴム入りパットを届けて頂きました。5月に松山市に一度戻るからその時持って行くとの連絡は頂いていたのですが、5月中に連絡が無かったので半ば諦めていたのですが感謝・感謝・サンキュー・謝謝・カムサハムニダです。!(^^)!あれて案外高いのよね・・・